2009年
01月13日(火曜日)
2−50 フランスのディジョン大学へ
今日は、ディジョン大学 (現在のブルゴーニュ大学)でフランス語
コースに通った時の思い出を、アルバム形式で紹介するね。

ディジョン
ディジョンはパリから南東へ300キロ。
ワインで有名なブルゴーニュ地方にあって、マスタードの産地とし
ても有名。
それはそれは美しい街で、「プチパリ」と呼ばれ、本当に凱旋門ま
であるんだ。
私はこの街に住んだことを思い出す時、あれは夢の世界じゃなか
ったのかって思ってしまう。

Darcy公園と凱旋門と街並み (絵葉書)
↓このあたりに住んでいた。

これがなんと、市役所の入っている建物なんだよ!!(絵葉書)
元ブルゴーニュ公爵の宮殿だって。
後ろは、ノートルダム教会

ノートルダム教会入口にある
ふくろうの彫り物。
これに触ると幸せになれるというので、
磨り減ってしまっている。
ふくろうって、日本でも「不苦労」とかけて
幸運の使者だよね!
私もタッチしたゾ。

上の絵葉書の手前に半円形の広場があるでしょう?
元宮殿の反対側。
これが、
Place de la liberation つまり、英語でいうと
Place of the libetation
”解放の広場” かな?
ここにはお店やレストランがあって、時々お昼とか食べに行ったんだ。

また別の、ディジョンの絵葉書。
こんなふうに、中世の建物がたくさん残っている。

上の絵葉書右下にある、広場の噴水 いつも通っていた路地裏の小路

クリスマスには町中がイリュミネーションで飾られて、
ほんとにきれいだった。(絵葉書)

住所のところにある F.J.T. は、「フォワイエー ドゥ ジュンヌ トラバイユーズ」
文字通り、「働く若い女性の寮」 …まだあるかな?

学食の外で
学食へ続く、キャンパスの並木道

大学学生寮日本人学生の部屋で (髪、切った!)

大学で知り合って大の仲良しになって、
よく行動を共にしていたマドレーヌ。
数年後に日本へも来たんだヨ。
ちなみに、学生寮は月 35,000円。
学食では一食200円くらい。
さすがフランス、何でもおいしかったけど…
私は、「かえるが出たらどーしよう…」 ていつも警戒していた。
でも、他の日本人学生は、
「かえるは高級料理だから、学生食堂では出ないよ」
と言っていた。
学食のメニューは世間の物価の鏡だそうで、その時々に一番安い
食材が出てくるのだそうだ。
ある日、不思議な唐揚げが出た。
衣はとってもおいしいんだけど、中身が真っ白でマシュマロみたい
にふわふわしている。
うーん… なんだこりゃ???
何だったと思う?
ぎゃぁ〜っっっ!
羊の脳みその天ぷらだってーーっ !!!!
あのね、大学のフランス語コースに申し込みに行った時ね、申し
みができたのは良かったんだけど、
「大学の学生寮はいっぱいで空室なくて入れません」
て言われちゃったんよ。
それで、どーしたと思う?
大学の事務局の人が、「町の中にフランス人向けの、
”働く若い女性の寮” というのがあるから、そこへ行ってみれば?」
ってアドバイスしてくれたんだ。
そしてそこへ行ってみたら、空室があるっていうの。
フランス人の女の子といっしょの部屋だけど、って。
フランス人の女の子とルームメイトになれるなんて、願ったり叶っ
たりじゃーありませんか?
ふだんだったら、学校終わって寮に帰った時くらいひとりになりた
いって思うかもしれないけど、
何しろ、限られた短い期間に、生きたフランス語をできるだけ身に
つけようって目標を持ってここへ来ているわけなんだからね!
とっても楽しかったよ。
働く若いフランス人の女の子たちと友だちになれて。
フランスでは、日本のように大学の進学率は高くない。
「どうしてそんなに勉強したいの?
知識ばかり詰め込んでも仕方ないじゃない。
少しでも早く自立した方がずっといいし、フランスにはそう考える
若者が多いよ」
って彼女たちは言っていた。
この寮に入れるのは18才から22才までの年令制限付き、働く
フランス人女性だから、
「若いのにしっかりしているなー。
ちょっと日本の同年代の私たちの傾向とは違うかも…」
と思ったことでした。
”働く若い女性の寮” 窓からの眺め

結構長い時間、夕暮れ時に町中に響き渡る
教会の鐘の音が、この情景にピッタリで哀愁を誘った。

”働く若い女性の寮” の部屋 イギリスもそうだったけど、家具付き

そこで一緒に暮らした、フランス人の女の子たち
毎日、フランス語でおしゃべりしてたってわけさぁ。

ある日ね、町を歩いていたら、F画伯のお孫さんと知り合ってしまい、
お宅に招待までされちゃった。すごくいい思い出になったよ。

画伯のお孫さん夫妻とひ孫さんたち
ディジョンからの小旅行の中からみっつよっつ

フランス 地図
ブザンソン

ブザンソンの町 (絵葉書)
ヴィクトル ユーゴーの故郷で、国際指揮者コンクール開催の地
でもあり、その優勝者のひとりが小澤征爾さん。

ヴォーバンの砦にも行ってみた。
入口なんだけど、その城壁の
厚さときたら、
すごいね!


ふとした通りがかりの風景も、まるで絵画に出てきそうじゃない?
ストラスブール
ストラスブールは、ドイツとの国境近くにある町で、イル川の中州にある
旧市街地(アルザスの伝統家屋が密集したプチット・フランス地区)
は、1988年に世界遺産に登録された。

ストラスブールのノートルダム大聖堂 (絵葉書)
地元産の砂岩で作られているため、外観がバラ色で、
地盤が弱いため尖塔が片方しかないのが特徴。
聖堂内には人の人生を表現したからくり時計(天文時計)
が設置されている。(ウィッキペディアより)

そのステンドグラス (絵葉書)

旧市街地。写っているのはマドレーヌ。
アヌシーとシャモニー
ここでみんな気付いたと思うんだけど、ディジョンはドイツやスイスとの
国境に近いんだ。
だから週末にちょっと国境を越えて、隣の国へ行ったりもしたよ。

これはフランスとスイスの国境にある、アヌシーという町。
フランスのベニスとも呼ばれていて、町中を運河が走っている風光明媚な町。
この町を訪れた時はね、ちょうど秋の収穫のお祭りをしていた。
放し飼いにしていた牛を山から呼び戻した後のお祭りなんだって。
(地元の人によると、山で夏を過ごした牛は風邪を引かないそう。
薬草を食べているから)
まるで中世の路上に迷い込んだようだった。
その時の様子を書いた絵葉書の文面を載せるね。
夢の世界より
デイジョンからジュネーヴまでは「ちょっとそこまで」という距離なのです。
大学が始まるまで日にちがあるので、スイス・フランス国境のアヌシー
という町から山の中に入ったところに住むジャックモンド家を訪ねました。
その自然のすごさ… 紅葉、谷間の深さ、赤い屋根の農家…
何千メートル、眼下にひろがって、荘厳というしかないの。
牛は鐘を首に下げ、カランコロンと歩くし、今夜は町のお祭りで、古い建
物のひしめく石だたみの広場のガス灯の下で、アコーディオンとギター
の陽気な伝統音楽の調べにのって、民族衣装の地元民たちがワインを
樽からついでは踊りあかし。
市が出て、にわとり、やぎ、うさぎから直径1mのチーズ、木のアンティッ
クの道具で作ったほっぺのおちそうなアップルジュース、陶器、ケーキの
出店で通りいっぱいにぎわって…
馬車が走り石だたみの道にカッポカッポこだまして映画の中に入り込ん
だみたいでした。
今日はスイスの白ワインとチーズフォンデュ。家の窓からよく晴れた日に
はモンブランが見えるのですって。
明日はシャモニーへ…

シャモニーの町からからモンブランを臨む
ということで、フランスのアルプスにも登って来たよ。
登山鉄道は、日本製だった!

モンブラン (絵葉書)

フランスアルプス (絵葉書)

モンブラン山頂を臨む (絵葉書)

山の上に、山岳地帯に住む動物の小さな動物園があった。
そこにいたふくろう。
眉毛がきりっと上がり、じっとこちらを見るそのまなざしが
何ともいえない。
おしらせ
これで第2章ヨーロッパ編はおわりです。
出発から始まって、今まで長い間読んで下さってありがとう。
ハッピーで終わって、良かったよね!
さあ、これから第3章で、中近東・インドへの旅をがんばって書くから、
また気持ち的にいっしょに旅について来てね。
とっても心強いです。 (* ^ー゚)
フランス・ブルターニュ地方の旅は、別にスポット観光編で特集する。
フランスで一番印象に残った旅だったから。
それから、人の写っている写真だけど、今までぼかしたりして来たん
だけどね、みなさんの表情が素敵なので残念だし、だいぶ昔のもの
でもあるので、今回はそのまま使わせていただいちゃいました。
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コースに通った時の思い出を、アルバム形式で紹介するね。

ディジョン
ディジョンはパリから南東へ300キロ。
ワインで有名なブルゴーニュ地方にあって、マスタードの産地とし
ても有名。
それはそれは美しい街で、「プチパリ」と呼ばれ、本当に凱旋門ま
であるんだ。
私はこの街に住んだことを思い出す時、あれは夢の世界じゃなか
ったのかって思ってしまう。

Darcy公園と凱旋門と街並み (絵葉書)
↓このあたりに住んでいた。

これがなんと、市役所の入っている建物なんだよ!!(絵葉書)
元ブルゴーニュ公爵の宮殿だって。
後ろは、ノートルダム教会

ノートルダム教会入口にある
ふくろうの彫り物。
これに触ると幸せになれるというので、
磨り減ってしまっている。
ふくろうって、日本でも「不苦労」とかけて
幸運の使者だよね!
私もタッチしたゾ。

上の絵葉書の手前に半円形の広場があるでしょう?
元宮殿の反対側。
これが、
Place de la liberation つまり、英語でいうと
Place of the libetation
”解放の広場” かな?
ここにはお店やレストランがあって、時々お昼とか食べに行ったんだ。

また別の、ディジョンの絵葉書。
こんなふうに、中世の建物がたくさん残っている。

上の絵葉書右下にある、広場の噴水 いつも通っていた路地裏の小路

クリスマスには町中がイリュミネーションで飾られて、
ほんとにきれいだった。(絵葉書)

住所のところにある F.J.T. は、「フォワイエー ドゥ ジュンヌ トラバイユーズ」
文字通り、「働く若い女性の寮」 …まだあるかな?

学食の外で
学食へ続く、キャンパスの並木道

大学学生寮日本人学生の部屋で (髪、切った!)

大学で知り合って大の仲良しになって、
よく行動を共にしていたマドレーヌ。
数年後に日本へも来たんだヨ。
ちなみに、学生寮は月 35,000円。
学食では一食200円くらい。
さすがフランス、何でもおいしかったけど…
私は、「かえるが出たらどーしよう…」 ていつも警戒していた。
でも、他の日本人学生は、
「かえるは高級料理だから、学生食堂では出ないよ」
と言っていた。
学食のメニューは世間の物価の鏡だそうで、その時々に一番安い
食材が出てくるのだそうだ。
ある日、不思議な唐揚げが出た。
衣はとってもおいしいんだけど、中身が真っ白でマシュマロみたい
にふわふわしている。
うーん… なんだこりゃ???
何だったと思う?
ぎゃぁ〜っっっ!
羊の脳みその天ぷらだってーーっ !!!!
あのね、大学のフランス語コースに申し込みに行った時ね、申し
みができたのは良かったんだけど、
「大学の学生寮はいっぱいで空室なくて入れません」
て言われちゃったんよ。

それで、どーしたと思う?
大学の事務局の人が、「町の中にフランス人向けの、
”働く若い女性の寮” というのがあるから、そこへ行ってみれば?」
ってアドバイスしてくれたんだ。
そしてそこへ行ってみたら、空室があるっていうの。
フランス人の女の子といっしょの部屋だけど、って。
フランス人の女の子とルームメイトになれるなんて、願ったり叶っ
たりじゃーありませんか?
ふだんだったら、学校終わって寮に帰った時くらいひとりになりた
いって思うかもしれないけど、
何しろ、限られた短い期間に、生きたフランス語をできるだけ身に
つけようって目標を持ってここへ来ているわけなんだからね!
とっても楽しかったよ。
働く若いフランス人の女の子たちと友だちになれて。
フランスでは、日本のように大学の進学率は高くない。
「どうしてそんなに勉強したいの?
知識ばかり詰め込んでも仕方ないじゃない。
少しでも早く自立した方がずっといいし、フランスにはそう考える
若者が多いよ」
って彼女たちは言っていた。
この寮に入れるのは18才から22才までの年令制限付き、働く
フランス人女性だから、
「若いのにしっかりしているなー。
ちょっと日本の同年代の私たちの傾向とは違うかも…」
と思ったことでした。
”働く若い女性の寮” 窓からの眺め

結構長い時間、夕暮れ時に町中に響き渡る
教会の鐘の音が、この情景にピッタリで哀愁を誘った。

”働く若い女性の寮” の部屋 イギリスもそうだったけど、家具付き

そこで一緒に暮らした、フランス人の女の子たち
毎日、フランス語でおしゃべりしてたってわけさぁ。

ある日ね、町を歩いていたら、F画伯のお孫さんと知り合ってしまい、
お宅に招待までされちゃった。すごくいい思い出になったよ。

画伯のお孫さん夫妻とひ孫さんたち
ディジョンからの小旅行の中からみっつよっつ

ブザンソン

ブザンソンの町 (絵葉書)
ヴィクトル ユーゴーの故郷で、国際指揮者コンクール開催の地
でもあり、その優勝者のひとりが小澤征爾さん。

ヴォーバンの砦にも行ってみた。
入口なんだけど、その城壁の
厚さときたら、
すごいね!


ふとした通りがかりの風景も、まるで絵画に出てきそうじゃない?
ストラスブール
ストラスブールは、ドイツとの国境近くにある町で、イル川の中州にある
旧市街地(アルザスの伝統家屋が密集したプチット・フランス地区)
は、1988年に世界遺産に登録された。

ストラスブールのノートルダム大聖堂 (絵葉書)
地元産の砂岩で作られているため、外観がバラ色で、
地盤が弱いため尖塔が片方しかないのが特徴。
聖堂内には人の人生を表現したからくり時計(天文時計)
が設置されている。(ウィッキペディアより)

そのステンドグラス (絵葉書)

旧市街地。写っているのはマドレーヌ。
アヌシーとシャモニー
ここでみんな気付いたと思うんだけど、ディジョンはドイツやスイスとの
国境に近いんだ。
だから週末にちょっと国境を越えて、隣の国へ行ったりもしたよ。

これはフランスとスイスの国境にある、アヌシーという町。
フランスのベニスとも呼ばれていて、町中を運河が走っている風光明媚な町。
この町を訪れた時はね、ちょうど秋の収穫のお祭りをしていた。
放し飼いにしていた牛を山から呼び戻した後のお祭りなんだって。
(地元の人によると、山で夏を過ごした牛は風邪を引かないそう。
薬草を食べているから)
まるで中世の路上に迷い込んだようだった。
その時の様子を書いた絵葉書の文面を載せるね。
夢の世界より
デイジョンからジュネーヴまでは「ちょっとそこまで」という距離なのです。
大学が始まるまで日にちがあるので、スイス・フランス国境のアヌシー
という町から山の中に入ったところに住むジャックモンド家を訪ねました。
その自然のすごさ… 紅葉、谷間の深さ、赤い屋根の農家…
何千メートル、眼下にひろがって、荘厳というしかないの。
牛は鐘を首に下げ、カランコロンと歩くし、今夜は町のお祭りで、古い建
物のひしめく石だたみの広場のガス灯の下で、アコーディオンとギター
の陽気な伝統音楽の調べにのって、民族衣装の地元民たちがワインを
樽からついでは踊りあかし。
市が出て、にわとり、やぎ、うさぎから直径1mのチーズ、木のアンティッ
クの道具で作ったほっぺのおちそうなアップルジュース、陶器、ケーキの
出店で通りいっぱいにぎわって…
馬車が走り石だたみの道にカッポカッポこだまして映画の中に入り込ん
だみたいでした。
今日はスイスの白ワインとチーズフォンデュ。家の窓からよく晴れた日に
はモンブランが見えるのですって。
明日はシャモニーへ…

シャモニーの町からからモンブランを臨む
ということで、フランスのアルプスにも登って来たよ。
登山鉄道は、日本製だった!

モンブラン (絵葉書)

フランスアルプス (絵葉書)

モンブラン山頂を臨む (絵葉書)

山の上に、山岳地帯に住む動物の小さな動物園があった。
そこにいたふくろう。
眉毛がきりっと上がり、じっとこちらを見るそのまなざしが
何ともいえない。
おしらせ
これで第2章ヨーロッパ編はおわりです。
出発から始まって、今まで長い間読んで下さってありがとう。
ハッピーで終わって、良かったよね!
さあ、これから第3章で、中近東・インドへの旅をがんばって書くから、
また気持ち的にいっしょに旅について来てね。
とっても心強いです。 (* ^ー゚)
フランス・ブルターニュ地方の旅は、別にスポット観光編で特集する。
フランスで一番印象に残った旅だったから。
それから、人の写っている写真だけど、今までぼかしたりして来たん
だけどね、みなさんの表情が素敵なので残念だし、だいぶ昔のもの
でもあるので、今回はそのまま使わせていただいちゃいました。
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