2008年
11月11日(火曜日)
2−41 日本は野蛮な国 ?!
ウェールズの春はブラックマウンテンの白帽子を残して、森も谷間も
村も、すべて緑で埋め尽くされる。
そしてその中に、降って湧いたようにかわいい花が咲き乱れる。
イースターの村のお祭りには、イースターハットのコンテストが行われ、
出場者は奥さんの手作りの見事な帽子を被って町を練り歩くんだ。
村では私は大スター。
何しろ今まで中国人も日本人も見たことがないという人ばかりなんだ
から。
特にエレンという目の釣りあがった女の子は、”ジャパニーズ” という
あだ名のため、私の出現に大喜び。
どこでもついてくるし、毎晩のようにワトソン家にやって来て、お皿洗い
をする私の横にフキンを持って待機。
役に立とうと一生懸命だ。
(ところで、前にも書いたけど、イギリスでは洗剤液に浸けた食器を
すすがずにそのままフキンで拭いてしまう。
エレンもすすぎ前の泡だらけの食器を拭こうとするので、すすぎ終わる
まで待ってもらった)
ワトソン家にはいろんな人が訪ねて来た。
みんな私の存在を意識して、どうしても英語では表現できない箇所だ
け、ひとこと謝ってからウェールズ語に切り換える以外は、
どんなプライベートなことでも英語で話していた。
(ウェールズ語がわからない私への心遣いだね!)
日本にコーヒーはあるか、りんごはあるかに始まり、イギリスではまだ
ぜいたく品であるカラーテレビを指差して、「日本にもテレビはあるか」
と聞かれた時には参った。
(そのテレビには、National (松下電器) のロゴが…
)
いっしょに町まで買い物に行った近所のおばさんは、田舎びたデパート
のボロいエレベーターに乗ったとたん、
「ミヤ、動かないで! じっとしているのよ!
ところで、日本にもエレベーターある?」
私がハンバーグを作っていると言った時には、アネッカ、不安におのの
いて、
「ど、どんなハンバーグ?」 (猫も犬も入っていないってばぁ…!!)
でも、そのお手並みと味に、みんなビックリ。
(最低限の調味料はいつも持っているから)
特にキャベツの線切りには、「マジック!!」 と悲鳴。
プラスチックの小さなまな板と切れないナイフで苦労したけど。
イギリスでは味付けも最後に自分で、塩・こしょうをかけるお料理が
ほとんどなんだ。
「足の小さい人が美人なんだろう」
とか、
「肉はイスラム教のため食べないのか」
とか、村人たちの素朴な質問は尽きなかったけど、
「日本にもピアノがある」 というと、
「ヨーロッパの曲を弾くのか」
とまじめに聞かれるし、
ある日などワトソン氏が雑誌を見ながら、
「ほほう、日本にもイギリスのパブができたそうだ。
おもしろいことだね」
「バーやスナックならもうたくさんあります」
と言うと、
「サキ(酒)だけだろう?」
近日に迫ったクイーンの日本訪問について、クイーンが、
「日本へ行っても決して靴を脱がない」
と宣言したというのも話題の種。
それを言った時のアネッカの顔…。
パートのメイドさんも
「もちろん、許されることじゃないわ」
と、眉ひそめ、神妙〜な面持ちで頷いた。
(床に藁を敷いて裸足で暮らしてるんじゃないってばぁ…!)
そしてアネッカは、こわごわ、私の様子を覗きこむようにして、
「…あなたのお母さんも…床に座るの?」
(どんなお母さんの姿を想像してるんだヨ!)
こちらの家の汚い床を考えれば無理ないんだよね、
土足だし、犬も猫もいっしょで、ソファーさえ、泥と毛だらけだもの。
△帽子をかぶった人力夫行きかう場面(ホンコン)がテレビに映れば、
「ミヤ ミヤ! 早く、早く来て! 日本が出てるわよー!!」
と大騒ぎして私を呼びに来るし。
疲れたなあ…。
ミニ ウェールズ案内
Builth Wells 村

右上の赤いドラゴンは、ウェールズの紋章。
国のために戦う闘志を意味しているらしい。
(ドラゴンというのが不思議だよね、中国のものだと思っていた)

今回は、ウェールズ中部、Wye 谷にある Builth Wells という小さな村を
訪れてみましょう。
Wye というのは川の名前で、見事な鮎と鮭がとれる。

この地方の中心を担う羊の市場

家畜のオークション

セント メアリーという名のお城もある
ちょっと歴史に触れてみよ。
<最後の プリンス オブ ウェールズ>
石の城壁と城の建設は、ウェールズの支配者であったイングランドの
エドワード一世が、一流ミリタリー建築家であったマスター ジェームズ
de サンジョージに1277年に、もうひとつの城建設と同時に命じたが、
それを含む彼の手による北部の複数の城は、1282年に最後の
ネイティブ(現地の) ウェールズ人プリンス Llywelyn が戦死するまで
着工されなかった。
プリンス Llywelyn は、1258年に皇位を継承。
彼はイングランドのキング エドワード一世と二つの大きな独立戦争で
闘い、後の戦い(1282-4)の只中の1282年12月11日に戦死。
その後、エドワード一世の息子である エドワード二世が プリンスオブ
ウェールズ を継承したが、ウェールズ人がイングランドと同化すること
はなかった。
Builth Wells から 2マイル半の Climery 村に、
”Ger y fan hon y lladdwyd Llywelyn ein llyw olaf 1282"
”Near this spot was killed our Prince Llywelyn 1282”
(プリンス Llywelyn は この近くで 1282年に殺された)
と刻まれた彼の碑がある。
ウェールズ語がどれほど英語と違うか、知ってほしいこともあって
載せたよ。
ところで、現在はチャールズ皇太子が(イングランド人の)プリンス
オブ ウェールズ だけど、
最近、何かの式典のためにウェールズを訪ねた時、初めて、英語で
なくウェールズ語でスピーチしたそうだ。

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村も、すべて緑で埋め尽くされる。
そしてその中に、降って湧いたようにかわいい花が咲き乱れる。
イースターの村のお祭りには、イースターハットのコンテストが行われ、
出場者は奥さんの手作りの見事な帽子を被って町を練り歩くんだ。
村では私は大スター。
何しろ今まで中国人も日本人も見たことがないという人ばかりなんだ
から。
特にエレンという目の釣りあがった女の子は、”ジャパニーズ” という
あだ名のため、私の出現に大喜び。
どこでもついてくるし、毎晩のようにワトソン家にやって来て、お皿洗い
をする私の横にフキンを持って待機。
役に立とうと一生懸命だ。
(ところで、前にも書いたけど、イギリスでは洗剤液に浸けた食器を
すすがずにそのままフキンで拭いてしまう。
エレンもすすぎ前の泡だらけの食器を拭こうとするので、すすぎ終わる
まで待ってもらった)
ワトソン家にはいろんな人が訪ねて来た。
みんな私の存在を意識して、どうしても英語では表現できない箇所だ
け、ひとこと謝ってからウェールズ語に切り換える以外は、
どんなプライベートなことでも英語で話していた。
(ウェールズ語がわからない私への心遣いだね!)
日本にコーヒーはあるか、りんごはあるかに始まり、イギリスではまだ
ぜいたく品であるカラーテレビを指差して、「日本にもテレビはあるか」
と聞かれた時には参った。
(そのテレビには、National (松下電器) のロゴが…
)いっしょに町まで買い物に行った近所のおばさんは、田舎びたデパート
のボロいエレベーターに乗ったとたん、
「ミヤ、動かないで! じっとしているのよ!
ところで、日本にもエレベーターある?」
私がハンバーグを作っていると言った時には、アネッカ、不安におのの
いて、
「ど、どんなハンバーグ?」 (猫も犬も入っていないってばぁ…!!)
でも、そのお手並みと味に、みんなビックリ。
(最低限の調味料はいつも持っているから)
特にキャベツの線切りには、「マジック!!」 と悲鳴。
プラスチックの小さなまな板と切れないナイフで苦労したけど。
イギリスでは味付けも最後に自分で、塩・こしょうをかけるお料理が
ほとんどなんだ。
「足の小さい人が美人なんだろう」
とか、
「肉はイスラム教のため食べないのか」
とか、村人たちの素朴な質問は尽きなかったけど、
「日本にもピアノがある」 というと、
「ヨーロッパの曲を弾くのか」
とまじめに聞かれるし、
ある日などワトソン氏が雑誌を見ながら、
「ほほう、日本にもイギリスのパブができたそうだ。
おもしろいことだね」
「バーやスナックならもうたくさんあります」
と言うと、
「サキ(酒)だけだろう?」
近日に迫ったクイーンの日本訪問について、クイーンが、
「日本へ行っても決して靴を脱がない」
と宣言したというのも話題の種。
それを言った時のアネッカの顔…。
パートのメイドさんも
「もちろん、許されることじゃないわ」
と、眉ひそめ、神妙〜な面持ちで頷いた。
(床に藁を敷いて裸足で暮らしてるんじゃないってばぁ…!)
そしてアネッカは、こわごわ、私の様子を覗きこむようにして、
「…あなたのお母さんも…床に座るの?」
(どんなお母さんの姿を想像してるんだヨ!)
こちらの家の汚い床を考えれば無理ないんだよね、
土足だし、犬も猫もいっしょで、ソファーさえ、泥と毛だらけだもの。
△帽子をかぶった人力夫行きかう場面(ホンコン)がテレビに映れば、
「ミヤ ミヤ! 早く、早く来て! 日本が出てるわよー!!」
と大騒ぎして私を呼びに来るし。
疲れたなあ…。
ミニ ウェールズ案内
Builth Wells 村

右上の赤いドラゴンは、ウェールズの紋章。
国のために戦う闘志を意味しているらしい。
(ドラゴンというのが不思議だよね、中国のものだと思っていた)

今回は、ウェールズ中部、Wye 谷にある Builth Wells という小さな村を
訪れてみましょう。
Wye というのは川の名前で、見事な鮎と鮭がとれる。

この地方の中心を担う羊の市場

家畜のオークション

セント メアリーという名のお城もある
ちょっと歴史に触れてみよ。
<最後の プリンス オブ ウェールズ>
石の城壁と城の建設は、ウェールズの支配者であったイングランドの
エドワード一世が、一流ミリタリー建築家であったマスター ジェームズ
de サンジョージに1277年に、もうひとつの城建設と同時に命じたが、
それを含む彼の手による北部の複数の城は、1282年に最後の
ネイティブ(現地の) ウェールズ人プリンス Llywelyn が戦死するまで
着工されなかった。
プリンス Llywelyn は、1258年に皇位を継承。
彼はイングランドのキング エドワード一世と二つの大きな独立戦争で
闘い、後の戦い(1282-4)の只中の1282年12月11日に戦死。
その後、エドワード一世の息子である エドワード二世が プリンスオブ
ウェールズ を継承したが、ウェールズ人がイングランドと同化すること
はなかった。
Builth Wells から 2マイル半の Climery 村に、
”Ger y fan hon y lladdwyd Llywelyn ein llyw olaf 1282"
”Near this spot was killed our Prince Llywelyn 1282”
(プリンス Llywelyn は この近くで 1282年に殺された)
と刻まれた彼の碑がある。
ウェールズ語がどれほど英語と違うか、知ってほしいこともあって
載せたよ。
ところで、現在はチャールズ皇太子が(イングランド人の)プリンス
オブ ウェールズ だけど、
最近、何かの式典のためにウェールズを訪ねた時、初めて、英語で
なくウェールズ語でスピーチしたそうだ。

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