2008年
10月28日(火曜日)
2−39 ウェールズの村へ
ワトソン氏と美しいウェールズの田園風景の中、(英語で!)おしゃべ
りしながら着いたのは、スワンジーとブレコン ビーコンの間にある小さ
な村。
そこには英語の語学学校はないどころか、村人たちは生まれてこの
かた一度も外国人に会ったことも見たこともない人ばかりだという。
イギリスの語学学校は3か月が一学期なので、さしあたり新しい学期
はどこの学校にも申し込まず、ウェールズでワトソン氏の家族と暮ら
すことにした。
学校へは行けなくても、日本語が全く使えない環境にいれば、毎日の
生活が生きた英語の勉強の場だ。
私はまたとないいい機会だと考えて、新しい世界に飛び込んでみるこ
とにしたよ。
どこに行っても何にでも精一杯取り組んでいれば、きっと大丈夫。
ウェールズはイングランドとは民族も言葉も違う、もうひとつの国だっ
たんだけど、イングランドに征服されてからイギリスの一部になってし
まったんだ。
人々は今でも英語とは全く異なるェウェールズ語を話し、学校で英語を
習うものの、
スコットランドと同じくイングランドに対しての深い敵意と憎しみ、そし
て独立の望みを持っている。
一時は炭鉱の国として知られていたけど、多くの炭鉱は閉ざされ、
廃墟となっている。
これといった産業もないので、イングランドに頼らなければやっていけ
ないというのも現状のよう。
でもウェールズの大学の数はイングランドよりもずっと多く、イングラン
ドで教えている教授の三分の一はウエールズ人だとか。
そういえば、スコットランド人も、
「イギリスは海軍が強いと言われているが、優秀な軍人はみなスコッ
トランド出身だ。
他から取るばかりで、イングランドには何も無いのだ」
と言ってたっけ。
イギリスというとイングランドと思う人がよくいるけど、
実は民族も文化も違う4つの国々(イングランド、スコットランド、
ウエールズ、北アイルランド)の総称なんだよ。
つまり、”イギリス”= ”ユナイテッド キングダム (UK)”。
そしてもうひとつの呼び名、”グレイト ブリテン” というのは、
北アイルランドを除くイギリス本島のことをいうらしい。
私も日本にいた時は、”グレイト ブリテン” が何だか知らなかった。
ワトソン氏は、公平で信望のある炭鉱夫だったお父さんに、
「勉強が嫌いなら炭鉱夫になれ。
人間は世の中に生きている限り、勉強するか働くかしなければいけ
ないのだ」
と言われ、二週間、石炭を掘ったけど、
暗くて空気が悪くて危険な足場での、腰を屈めての重労働に、
労働者への尊敬の念は学んだものの、
“これなら勉強した方がまだマシだ”
と思ったそう。
それから奨学金で英・米5つの名門大学の学位や博士号を取得。
物事をいろんな角度から見、考えられる人になろうと、神学、法律、
文学、歴史、物理学、航空宇宙学と何でも学び、
はては
“ふつうの人間の本質を理解するためには、まず精神異常者の世界
から”
と、心理学の研究に入り、テキサス大医学部での教授時代、学士院
会員にもなったそう。
その後、パリにあるヨーロッパ宇宙開発機構の責任者になったけど、
華やかな生活に意味のなさを感じ、教授生活に戻り、
95才のガンのお母様の具合が急に悪くなるまでは、オックスフォード
大学で教えていらしたとか…
(”プロフェッサー” ではなかったみたいだけど)
そういえば、オックスフォードのワトソン氏の応接間のドアに掛けてあ
った、黒くて大きくて袖の長い、作業マントのような布…(?!)
ナンと! あれこそ、深遠なるオックスフォード大学教授のはおる、
厳粛にして名誉ある黒ガウンだったのです。
学歴や地位にも驚いたけど、それらを全部捨てて母の看病に専念し
ているワトソン氏に、人間的暖かみを感じたよ。
米国ナサ基地での、科学者顧問としての宇宙開発パイオニア時代、
パナマ運河建設計画に関わった際の科学的な障害の乗り越え方など
おもしろくて、ウェールズまでのドライブは、あっという間。
ところでさぁ、気がついた?
私、いつの間にか英語でこんなあんなをワトソン氏とおしゃべりできる
ようになってない?!
ワトソン氏は仕事で世界中を飛び回り、外国人といっしょに仕事した
り教授をされたりして、相手にわかりやすい英語を話すことに慣れて
いらっしゃるのだろうけれど、
それにしても自分でびっくりだよ。 …ね!
最初は会話を聞いていても、全部つながって聞こえて、ところどころ
の単語を拾うのがやっとだった。
そのうち、ひとつひとつの単語のくぎりや、わからない単語とわかる
単語が識別できるようになり、
わかる単語の数が増えて、わからない単語の意味を前後の文脈か
ら想像して全体をの意味がつかめるようになって来た。
やっぱり英語の環境にいるってことが強みだよね。
生活するのに必要だから、わかろうといつもアンテナを張り巡らして
全身を耳にしてるんだ。
少ししかわからない頃は、会話の内容にも限界があって、お天気だ
の ”どこへ行った”とか、”何を食べた” とかいう簡単なことしか話せ
なかった。
でも、耳が慣れ、よく使われる単語や言い回しがわかって来たら、
自分でもそれらを使って少しずつレベルの高いことも会話に入れられ
るようになって来た。
それが相手に通じた時の嬉しさ!
聞いてわかり伝えることもできるようになると、話すことがどんどん
おもしろくなってくる。
毎日世界が広がって行くようで、わくわくだヨ。
きっと、小さい子が言葉を覚える時の興奮と同じなんだろうね!
言葉は本当に ”生きている” んだって思う。
これからウエールズでどんな人たちに会うのか、その人たちとどんな
会話ができるのか、楽しみだね!
ミニ ウェールズ案内

ブレコン ビーコンから眺めた Taf Fechan の谷 と Craig Fam-Ddu
(地名からも、英語との言語の違いがわかるでしょ)

ウェールズの牧場
羊飼いわんちゃんたちが、羊の番をしている。
定時になると、羊をじょうずに追いやって柵の中に入れるんだヨ。
すっごく賢い。
投票、お願いしまーす
りしながら着いたのは、スワンジーとブレコン ビーコンの間にある小さ
な村。
そこには英語の語学学校はないどころか、村人たちは生まれてこの
かた一度も外国人に会ったことも見たこともない人ばかりだという。
イギリスの語学学校は3か月が一学期なので、さしあたり新しい学期
はどこの学校にも申し込まず、ウェールズでワトソン氏の家族と暮ら
すことにした。
学校へは行けなくても、日本語が全く使えない環境にいれば、毎日の
生活が生きた英語の勉強の場だ。
私はまたとないいい機会だと考えて、新しい世界に飛び込んでみるこ
とにしたよ。
どこに行っても何にでも精一杯取り組んでいれば、きっと大丈夫。
ウェールズはイングランドとは民族も言葉も違う、もうひとつの国だっ
たんだけど、イングランドに征服されてからイギリスの一部になってし
まったんだ。
人々は今でも英語とは全く異なるェウェールズ語を話し、学校で英語を
習うものの、
スコットランドと同じくイングランドに対しての深い敵意と憎しみ、そし
て独立の望みを持っている。
一時は炭鉱の国として知られていたけど、多くの炭鉱は閉ざされ、
廃墟となっている。
これといった産業もないので、イングランドに頼らなければやっていけ
ないというのも現状のよう。
でもウェールズの大学の数はイングランドよりもずっと多く、イングラン
ドで教えている教授の三分の一はウエールズ人だとか。
そういえば、スコットランド人も、
「イギリスは海軍が強いと言われているが、優秀な軍人はみなスコッ
トランド出身だ。
他から取るばかりで、イングランドには何も無いのだ」
と言ってたっけ。
イギリスというとイングランドと思う人がよくいるけど、
実は民族も文化も違う4つの国々(イングランド、スコットランド、
ウエールズ、北アイルランド)の総称なんだよ。
つまり、”イギリス”= ”ユナイテッド キングダム (UK)”。
そしてもうひとつの呼び名、”グレイト ブリテン” というのは、
北アイルランドを除くイギリス本島のことをいうらしい。
私も日本にいた時は、”グレイト ブリテン” が何だか知らなかった。
ワトソン氏は、公平で信望のある炭鉱夫だったお父さんに、
「勉強が嫌いなら炭鉱夫になれ。
人間は世の中に生きている限り、勉強するか働くかしなければいけ
ないのだ」
と言われ、二週間、石炭を掘ったけど、
暗くて空気が悪くて危険な足場での、腰を屈めての重労働に、
労働者への尊敬の念は学んだものの、
“これなら勉強した方がまだマシだ”
と思ったそう。
それから奨学金で英・米5つの名門大学の学位や博士号を取得。
物事をいろんな角度から見、考えられる人になろうと、神学、法律、
文学、歴史、物理学、航空宇宙学と何でも学び、
はては
“ふつうの人間の本質を理解するためには、まず精神異常者の世界
から”
と、心理学の研究に入り、テキサス大医学部での教授時代、学士院
会員にもなったそう。
その後、パリにあるヨーロッパ宇宙開発機構の責任者になったけど、
華やかな生活に意味のなさを感じ、教授生活に戻り、
95才のガンのお母様の具合が急に悪くなるまでは、オックスフォード
大学で教えていらしたとか…
(”プロフェッサー” ではなかったみたいだけど)
そういえば、オックスフォードのワトソン氏の応接間のドアに掛けてあ
った、黒くて大きくて袖の長い、作業マントのような布…(?!)
ナンと! あれこそ、深遠なるオックスフォード大学教授のはおる、
厳粛にして名誉ある黒ガウンだったのです。
学歴や地位にも驚いたけど、それらを全部捨てて母の看病に専念し
ているワトソン氏に、人間的暖かみを感じたよ。
米国ナサ基地での、科学者顧問としての宇宙開発パイオニア時代、
パナマ運河建設計画に関わった際の科学的な障害の乗り越え方など
おもしろくて、ウェールズまでのドライブは、あっという間。
ところでさぁ、気がついた?
私、いつの間にか英語でこんなあんなをワトソン氏とおしゃべりできる
ようになってない?!
ワトソン氏は仕事で世界中を飛び回り、外国人といっしょに仕事した
り教授をされたりして、相手にわかりやすい英語を話すことに慣れて
いらっしゃるのだろうけれど、
それにしても自分でびっくりだよ。 …ね!
最初は会話を聞いていても、全部つながって聞こえて、ところどころ
の単語を拾うのがやっとだった。
そのうち、ひとつひとつの単語のくぎりや、わからない単語とわかる
単語が識別できるようになり、
わかる単語の数が増えて、わからない単語の意味を前後の文脈か
ら想像して全体をの意味がつかめるようになって来た。
やっぱり英語の環境にいるってことが強みだよね。
生活するのに必要だから、わかろうといつもアンテナを張り巡らして
全身を耳にしてるんだ。
少ししかわからない頃は、会話の内容にも限界があって、お天気だ
の ”どこへ行った”とか、”何を食べた” とかいう簡単なことしか話せ
なかった。
でも、耳が慣れ、よく使われる単語や言い回しがわかって来たら、
自分でもそれらを使って少しずつレベルの高いことも会話に入れられ
るようになって来た。
それが相手に通じた時の嬉しさ!
聞いてわかり伝えることもできるようになると、話すことがどんどん
おもしろくなってくる。
毎日世界が広がって行くようで、わくわくだヨ。
きっと、小さい子が言葉を覚える時の興奮と同じなんだろうね!
言葉は本当に ”生きている” んだって思う。
これからウエールズでどんな人たちに会うのか、その人たちとどんな
会話ができるのか、楽しみだね!
ミニ ウェールズ案内

ブレコン ビーコンから眺めた Taf Fechan の谷 と Craig Fam-Ddu
(地名からも、英語との言語の違いがわかるでしょ)

ウェールズの牧場
羊飼いわんちゃんたちが、羊の番をしている。
定時になると、羊をじょうずに追いやって柵の中に入れるんだヨ。
すっごく賢い。
投票、お願いしまーす
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