2007年
11月27日(火曜日)
第1章 出国まで 1 行動開始
<お断り>
実はこのお話は、時はさかのぼって1970年台が舞台なんだ。
ずいぶん昔の話みたいだけど、今の時代でも変わらない部分、
たくさんある。
誰でも気軽に海外旅行に行ける今と違って、
その時代にしかできなかったこともね!
タイムスリップしたつもりで、その時々の私と一緒に、時の流れを
進んで行ってほしい。
だって私は、ほんとにそこで実在していたんだもの。
そのため(臨場感ね)に、そのつど実際にそこで撮った写真を載せて
いくよ。
時空を超えた旅の道づれさん、頼りなく何とも危なげな美弥を応援し
てやって下さい。
どうぞよろしく!
*****************************
第1章 出国まで 1 行動開始!
ここはある私の故郷にある大学病院のがん病棟。
祖母が舌癌で入院し、10か月くらいコバルト照射などの過酷な治療
に堪えてきた。
完全看護の病院だけれど、祖母は耳が遠いから通訳(?)を兼ねた
付き添いが許されるということだったので、
私は大学の授業を放り出し、叔母さんと交代で祖母の看病をするた
めに故郷に帰っていたんだ。
治療の山場は終わり、今は経過を見ている状態。
白い壁と廊下の病院内に色を添えるものといえば、患者さんたちの
スリッパとタオルの柄くらい…
とはいっても窓の外で繰り広げられる自然の芸術・季節ごとの風景は
みんなの心を癒してくれているけれどね。
昨日、廊下にたくさんの人が集まっていた。
隣の一人部屋のおじいちゃん、亡くなったんだ。
病気が重くなるとだんだんベット数の少ない、そしてナースステーショ
ンに近い部屋に移動して行くんだよ。
祖母も三人部屋に移った。
他の二人の患者さんのうちの一人は30代前半のおねえさんだけど、
ふつうに暮らしていたのに、ある日突然、唾液が出なくなったそう。
もうひとりは顎(あご)を切り取る手術をして、顔半分包帯ぐるぐる巻き
のおばあちゃん。
この病気になる前は、NHKの喉自慢で特別賞をもらったことが自慢の
陽気なおばあちゃんだったって。
そうして10か月近く病院で付き添いをして、私は思ったんだ。
「人生は一度きり。 明日何が起きる
かわからない。
やりたいことをやらなくちゃ」
って。
じゃあ、私は何がしたいの?
夢は何?
そりゃ、やりたいことはたくさんあるし、
夢だっていくらでも大きく膨らむ。
なりたいものだってある。
みんなそうでしょう?
だからって、夢と現実は違うって納得し始めていた。
でも可能性は少しは残っているよ。
それは、それらの目標のためにやるべきことを実行できるかどうかに
かかっている。
叶うかどうか自分の力ではどうにもならないことはたくさんあるけれど、
そのために今できることはある。
それをやるかやらないかで、夢実現可能性のパーセンテージは
かなり変わってくると思う。
「今、やるかやらないか」だ。
「明日にしよう」
「いつかしよう」
では、事故に遭ったり病気になったりして手遅れになるかもしれない。
「できる時」 がチャンスだ。
病院での付き添いをしていて、そう思うようになった。
私はやるゾー!
夢を実現させるために必要なことを、
今、始めるんだ。
夢? それはね、
いろいろな国に行ってみること。
世界地図を見てごらんよ。
こんなに小さい日本の、目に見えないくらい小さな町の中で、兄、私、
弟は、離婚した両親の実家や、実母と父の愛人の間に挟まれて、
どこへ行っても居心地の悪い思いをして来たんだ…。
(ゴメンね、メチャ個人的なことで。
でもそれが故郷を、日本を離れたい大きな動機だったから)
だから私は、私のことを誰も知らない土地へ行って、
「私」 のままで、一 (いち) から始めてみたいんだ。
私の育った背景も知らず、家柄や学歴のレッテルもない…
そういった、先入観が何もない世界でさ。
それに私たちは ”日本人” である前に ”地球人” !
”自分の生まれたこの広〜い世界を、美しい地球を、生きて感動でき
る自分がいる間にこの目で見て歩きたい”
そんな気持ちになっていた。
(かなりある人の影響だけど。次の記事に出てくる)
そんなわけで、
私は祖母が生きているうちに行動を開始することにした。
死んでからじゃ、死ぬのを待っていたみたいだから。
それじゃ、祖母に悪いよ。
「美弥ちゃんにはもう十分やってもらった。
私のことなんかもう構わずに好きなことをやっておくれ、まだ若いんだから」
祖母もそう言ってくれてるし。
生き生きと夢を実現している私を見守ってもらうよ、病床から。
来週は、日本脱出の資金稼ぎの仕事探しを始めるゾ。

パチリ。大学1年生。
実はこのお話は、時はさかのぼって1970年台が舞台なんだ。
ずいぶん昔の話みたいだけど、今の時代でも変わらない部分、
たくさんある。
誰でも気軽に海外旅行に行ける今と違って、
その時代にしかできなかったこともね!
タイムスリップしたつもりで、その時々の私と一緒に、時の流れを
進んで行ってほしい。
だって私は、ほんとにそこで実在していたんだもの。
そのため(臨場感ね)に、そのつど実際にそこで撮った写真を載せて
いくよ。
時空を超えた旅の道づれさん、頼りなく何とも危なげな美弥を応援し
てやって下さい。
どうぞよろしく!
*****************************
第1章 出国まで 1 行動開始!
ここはある私の故郷にある大学病院のがん病棟。
祖母が舌癌で入院し、10か月くらいコバルト照射などの過酷な治療
に堪えてきた。
完全看護の病院だけれど、祖母は耳が遠いから通訳(?)を兼ねた
付き添いが許されるということだったので、
私は大学の授業を放り出し、叔母さんと交代で祖母の看病をするた
めに故郷に帰っていたんだ。
治療の山場は終わり、今は経過を見ている状態。
白い壁と廊下の病院内に色を添えるものといえば、患者さんたちの
スリッパとタオルの柄くらい…
とはいっても窓の外で繰り広げられる自然の芸術・季節ごとの風景は
みんなの心を癒してくれているけれどね。
昨日、廊下にたくさんの人が集まっていた。
隣の一人部屋のおじいちゃん、亡くなったんだ。
病気が重くなるとだんだんベット数の少ない、そしてナースステーショ
ンに近い部屋に移動して行くんだよ。
祖母も三人部屋に移った。
他の二人の患者さんのうちの一人は30代前半のおねえさんだけど、
ふつうに暮らしていたのに、ある日突然、唾液が出なくなったそう。
もうひとりは顎(あご)を切り取る手術をして、顔半分包帯ぐるぐる巻き
のおばあちゃん。
この病気になる前は、NHKの喉自慢で特別賞をもらったことが自慢の
陽気なおばあちゃんだったって。
そうして10か月近く病院で付き添いをして、私は思ったんだ。
「人生は一度きり。 明日何が起きる
かわからない。
やりたいことをやらなくちゃ」
って。
じゃあ、私は何がしたいの?
夢は何?
そりゃ、やりたいことはたくさんあるし、
夢だっていくらでも大きく膨らむ。
なりたいものだってある。
みんなそうでしょう?
だからって、夢と現実は違うって納得し始めていた。
でも可能性は少しは残っているよ。
それは、それらの目標のためにやるべきことを実行できるかどうかに
かかっている。
叶うかどうか自分の力ではどうにもならないことはたくさんあるけれど、
そのために今できることはある。
それをやるかやらないかで、夢実現可能性のパーセンテージは
かなり変わってくると思う。
「今、やるかやらないか」だ。
「明日にしよう」
「いつかしよう」
では、事故に遭ったり病気になったりして手遅れになるかもしれない。
「できる時」 がチャンスだ。
病院での付き添いをしていて、そう思うようになった。
私はやるゾー!
夢を実現させるために必要なことを、
今、始めるんだ。
夢? それはね、
いろいろな国に行ってみること。
世界地図を見てごらんよ。
こんなに小さい日本の、目に見えないくらい小さな町の中で、兄、私、
弟は、離婚した両親の実家や、実母と父の愛人の間に挟まれて、
どこへ行っても居心地の悪い思いをして来たんだ…。
(ゴメンね、メチャ個人的なことで。
でもそれが故郷を、日本を離れたい大きな動機だったから)
だから私は、私のことを誰も知らない土地へ行って、
「私」 のままで、一 (いち) から始めてみたいんだ。
私の育った背景も知らず、家柄や学歴のレッテルもない…
そういった、先入観が何もない世界でさ。
それに私たちは ”日本人” である前に ”地球人” !
”自分の生まれたこの広〜い世界を、美しい地球を、生きて感動でき
る自分がいる間にこの目で見て歩きたい”
そんな気持ちになっていた。
(かなりある人の影響だけど。次の記事に出てくる)
そんなわけで、
私は祖母が生きているうちに行動を開始することにした。
死んでからじゃ、死ぬのを待っていたみたいだから。
それじゃ、祖母に悪いよ。
「美弥ちゃんにはもう十分やってもらった。
私のことなんかもう構わずに好きなことをやっておくれ、まだ若いんだから」
祖母もそう言ってくれてるし。
生き生きと夢を実現している私を見守ってもらうよ、病床から。
来週は、日本脱出の資金稼ぎの仕事探しを始めるゾ。

パチリ。大学1年生。
![[決定版]生きがいの創造](http://images.amazon.com/images/P/4569657060.09.MZZZZZZZ.jpg)
